ペップの後を追っかけて---ときどき受験

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好きなグアルディオラ監督の話題を中心に。たまに子どもたちとの学習について語ります。

iPS細胞の「山中伸弥教授」も天才「羽生善治」ももがいていた!! 書評:僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう

 

僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書)

僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう (文春新書)

 

 最近講演にいく機会が多いのですが、京都産業大学で行われた講演をまとめた本が出ました。

有名書評ブログの”マインドマップ読書術”でも取り上げられていました。

【講演&対談】『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』山中伸弥,羽生善治,是枝裕和,山極壽一,永田和宏:マインドマップ的読書感想文

 

目次

第1章 山中伸弥(京都大学iPS細胞研究所所長)(失敗しても、夢中になれることを追いかけて
(対談)環境を変える、自分が変わる 山中伸弥×永田和宏)

第2章 羽生善治(将棋棋士)(挑戦する勇気
(対談)“あいまいさ"から生まれるもの 羽生善治×永田和宏)

第3章 是枝裕和(映画監督)(映画を撮りながら考えたこと
(対談)先入観が崩れるとき、世界を発見する 是枝裕和×永田和宏)

第4章 山極壽一(京都大学総長)(挫折から次のステップが開ける
(対談)おもろいこと、やろうじゃないか 山極壽一×永田和宏) 

 

【おすすめの人】

・現在成果を出している人のそうでもなかった頃の話を聞きたい人

・将来に迷っている学生さん

・研究者ってどういう資質が必要なのって知りたい人

 

【ポイント】

山中教授

そんな壮大なことを思っているのに、現実の自分は毎日ネズミの世話ばかり。こんな自分にそんな大きなことができるはずはない・・・・と完全に自信を失くしてしまい、とうとう研究者をやめて、整形外科医に戻る一歩手前までいきました。

 

研究室のビジョンを示すことができたら、それに惹かれて学生さんがやってきてくれるかもしれない。そしてそのときに一生懸命考えたビジョンが、今もずっとやっているiPS細胞の研究につながっているのです。 
 
ある何かが起きたときに、心底不思議と思える、心底驚くとかっていうのは、研究者になるための一つの条件のような気がしますね。

 

日本にいると、世界を課題評価しちゃうところがあります。世界を知る、あるいはもっと単純に「知る」ということには二面性があって、一つはこれまで自分が知らなかったことを知ることです。

 

自分たちがやったことをいかに相手に伝えるか。科学の分野だけじゃなくて、自分の思っていることを相手に伝えることはとても大切だと思うんです。

 

羽生善治氏

挑戦というと、何か大きな目標に向かっていくことを想像しがちですが、毎日の生活の中で何かを選択したり、新しい知識を得ようとすることも、小さな挑戦の積み重ねといえるのではないでしょうか。
 
同じミスを繰り返さないために反省と検証は大切です。でもそれは、対局が終わってからでいい。ミスをした直後には、とにかく状況は挽回し、打開するために、その盤面に集中しないといけない。
 
何か物事に挑戦していくとき、ただ結果だけを求めていると、どうしてもうまくいかなくて、苦しくなってしまうことがあります。ですから、そのプロセスの中で「ああ、これってすごい!おもしろい!」とか、「やる価値があるなあ」といった感動を見つけられるかどうか。それが、挑戦し続けていくときの大きな原動力になると思います。
 
将棋でも、相手の立場に立って、自分の価値観で考えてしまうことがよくあります。一応、盤面をひっくり返して、相手だったらどう指すと考えてみるんですが、つい、相手のほうから見たときに自分だったらどう指すかというふうに考えてしまう。そうすると、当然ながら相手と自分とでは発想の違いがあるので、現実の場面では、予想外の手が入ってくることがあるわけです。
正直にいって、私には違和感がどんどんなくなっている感じがします。以前は明らかにコンピュータと人間の指し手は違っていたのですが、最近はコンピュータもすごく洗練されてきて、人が打った手なのかコンピュータなのか、なかなかわかりづらくなってきています。
最近、その”美的”ということについて考えているんですが、進歩に必要なビッグデータをつくっているのはだいたい人間ですよね。それを基にして統計や、マーケティングが行われていくということは、コンピュータ的な美的センスが少しずつ人間の世界に浸透してくるのかもしれない。それを繰り返していくと、結果的に人間の美的センスのほうが、コンピュータ的な美的センスに近づいていく可能性があるんじゃないかと考えているんです。
是枝監督
自分の先入観が目の前の現実によって崩されるのがドキュメンタリーの快感だということでした。
講演でもうひとつ印象的だったのは、「映画は自己表現じゃない」という言葉です。
 
是枝さんも、自己表現だったら、なぜカメラが自分に向かないんだと、おっしゃったのが新鮮な驚きでした。

 

山極壽一京大総長

そうですね。しかも、日本語で本を書くということは、社会に対する責任を明確にすることでもあると思うんです。
 
教科書を読んだほうが知識は身につくけれど、講義でしか触れられないものがあります。それに講義では、学問の最前線を知ることができます。

 

【感想】

 最初の山中教授と羽生善治氏の講演・対談から多く引用していますが、是枝監督も山極教授のお話を非常に興味深い話でした。

 

山中教授も山極教諭も一様に指摘していたのが、自分の研究成果をきちんと発表する必要があるということ。

理系・研究者であるからといって自分の研究をアピールするということが社会に対する責任を果たすことになると指摘していることは印象的でした。

 

羽生氏のように天才でも”小さな挑戦の積み重ね”を大事にしているということも印象的です。

 

囲碁の井山氏の本も同時期に読んでいるのですが、ミスをした後の対処で同じようなことを言っているのも参考になりました。

これは受験や仕事においても通じることではないでしょうか。

 

以上、「書評:僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう」という記事でした。

 

 

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